視覚(自分自身の体の動きを見た時の感覚)と固有覚(自分自身の体が動いているという関節の感覚)に不一致が生じたとき、視覚情報を優先して運動野の活動が変化する可能性があることを本学作業療法学科の鈴木貴子助教らの研究グループが明らかにしました。この研究の成果はスイスの科学雑誌、Frontiers in Integrative Neuroscienceに掲載されました。
Takako Suzuki, Makoto Suzuki, Naohiko Kanemura, Toyohiro Hamaguchi
Differential Effect of Visual and Proprioceptive Stimulation on Corticospinal Output for Reciprocal Muscles
Frontiers in Integrative Neuroscience 2019
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【研究概要】
私たちは様々な感覚情報を統合して自分の体の位置を認識しながら運動を行っています。たとえば、手首を特定の角度に曲げようとする時、手の位置を見て確認(視覚)しながら曲げることもできますし、目を閉じて関節の感覚(固有覚)をたよりに曲げることもできます。しかし、視覚と固有覚に不一致が生じた時、運動野の神経活動がどのように変化するのかについては、これまで十分には明らかになっていませんでした。
リハビリテーションの分野では、脳の損傷によって視覚と固有覚の情報伝達に障害をきたした対象者が、正確な運動を実行できなくなることが知られています。そこで、腱に対して振動刺激を与えることによって生じる運動錯覚(実際に関節は動いていないのに関節が曲がっていくような錯覚)とあたかも自分の手が動いているように見えるバーチャルな動画を組み合わせて、視覚と固有覚に不一致を人工的に生じさせる方法を実験に応用することにしました。例えば、振動刺激による運動錯覚と同じ速度と範囲で動くバーチャルな手を見た時には、視覚と固有覚の情報が脳内で一致します。しかし振動刺激による運動錯覚が生じているにも関わらず静止しているバーチャルな手を見た時には視覚と固有覚の情報に不一致が生じます。
はたして視覚と固有覚の情報に不一致が生じた時、運動野の神経活動はどのように変化するのでしょうか?
実験の結果、振動刺激によって手首を曲げる運動錯覚を生じさせるのと同時に静止しているバーチャルな手を見せる条件(視覚と固有覚の不一致)において、手首を伸ばす(曲げないようにする)運動に関わる筋肉に投射している運動野の神経活動が高まることが分かりました。
このことは、視覚と固有覚に不一致が生じたとき私たちは自分が受け取っている感覚情報の矛盾に適応して運動するために視覚情報を優先して運動野の活動を調節している可能性を示しています。
この研究成果は、脳の損傷によって視覚と固有覚の情報伝達に障害をきたした対象者に対して、感覚情報を系統的に提示する新しいトレーニング方法を考案する基礎になります。
より効果的なリハビリテーションのトレーニング方法について今後も検討していきたいと考えています。
振動刺激による運動錯覚とバーチャルな手を組み合わせた実験
対象者の手を覆うようにしてバーチャルな手を映写するのと同時にバイブレーターを用いて手首に振動刺激を提示しています。振動刺激による運動錯覚と同じ速度と範囲で動くバーチャルな手を見た時(一致条件)と振動刺激による運動錯覚が生じているにも関わらず静止しているバーチャルな手を見た時(不一致条件)における運動野の活動を測定しています。
この研究は、日本学術振興会 科研費17K13094、18K19750の助成を受けて行われました