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本学大学院の加納拓馬さんらの論文が、英国生物学系学術誌ConnectiveTissueResearchのオンライン版に掲載されました。
 (Influence of the site of injury on the spontaneous healing response in a rat model of total rupture of the anterior cruciate ligament.)

博士後期課程

2021/03/10

ー前十字靭帯損傷モデルラットによる新たな保存的治療法の基盤解明ー

  埼玉県立大学大学院研究科博士後期課程の加納拓馬大学院生、同大学院リハビリテーション学領域の金村尚彦教授、国分貴徳准教授、村田健児助教らの研究グループは、前十字靭帯損傷モデルラットを使用して、先に同グループが報告した前十字靭帯損傷に対する保存療法が、損傷した部位にかかわらず適応可能である可能性を明らかにしました。この研究は、文部科学省科学研究費、埼玉県立大学奨励研究費などの支援を受けて行われたもので、その研究成果は英国生物学系学術誌ConnectiveTissueResearchのオンライン版で、2021年3月5日に公開されました。
研究の背景
  前十字靭帯は、膝関節の中にある靭帯の一つで、膝関節を動かす際に安定性をもたらす役割を担っています。スポーツ動作などで損傷・断裂にいたる頻度が非常に高いのですが、完全に切れてしまうと自然に治ることはありません。そのため現在の一般的な治療法としては、自分の他部位(膝の前側や裏側)から採取してきた腱を、前十字靭帯部に移植する手術治療が選択されています。

  同研究グループは、完全に切れてしまった前十字靭帯を、手術治療を行わずに、自然に治癒させる治療法(保存的治療法)について研究してきました。その成果として、前十字靭帯が切れてしまった後に生じる膝関節の不安定さ(グラグラ感)を、関節の外側から再度安定させることで、自然に治癒させることが可能であることを実験動物を用いた基礎的研究で証明しました。
  しかし、この保存的治療法を、実際の患者さんの治療へ用いるには解決しなければならない課題がいくつかあります。その課題の一つとして、どんな患者さんに対して、保存的治療法を適応するべきなのかを明らかにする必要がありました。そこで本研究では、前十字靭帯損傷の臨床所見として報告されている様々な報告から、前十字靭帯の損傷部位に着目し、研究を行いました。


                                     
                                          図1:オリジナルラットモデル

研究成果の概要
  前十字靭帯損傷の損傷部位に関する過去の報告では、靱帯中央部で損傷する割合が52%、大腿骨に近い部位で損傷する割合が43%と報告され、この二つで前十字靭帯損傷全体の95%にあたります。今回の研究では、国分准教授・金村教授らが、過去に報告したオリジナルラットモデルを応用して、前十字靭帯の切れる部位が違う2つのモデル:(1)靭帯中央部で損傷するモデル、(2)大腿骨の近い部位で損傷するモデルを作製し、損傷後の関節運動を正常化することで、損傷した前十字靭帯の治癒経過を観察しました。
  その結果、損傷後4週目の時点における分析では、(1)靭帯中央部で損傷するモデル、(2)大腿骨の近い部位で損傷するモデルの両方において、完全に切れた靭帯同士が結合し、連続している様子が観察されました。また結合した部分には、靭帯本来の成分であるI型・III型コラーゲン線維が存在していることを確認しました。同様の現象は、損傷後6週目および8週目の時点における分析でも観察され、完全に切れた前十字靭帯が時間と共に治っていくことが観察されました。(図2)


                                          図2:靭帯中央部で損傷するモデル

  大腿骨の近い部位で損傷するモデルの経時的な組織像。左縦列から正常靭帯、損傷から4週目、6週目時点、8週目時点における組織像を表しています。また上列から組織像全体を観察するためのヘマトキシリン・エオジン染色、I型コラーゲン染色、III型コラーゲン染色を行っています。靭帯中央部で損傷するモデルと同様に、切れた靭帯同士が結合し、連続している様子が観察され、靭帯本来の成分であるI型・III型コラーゲン線維が存在していることを確認しました。

  また今回の研究では、自然に治癒した前十字靭帯が、正常の靭帯と比較して、どのくらいまで強い組織に回復しているかについても調査しています。その結果、損傷してから8週目の時点における分析では、靭帯中央部で損傷するモデルでは74%程度、大腿骨の近い部位で損傷するモデルで69%程度、12週目の時点における分析では、靭帯中央部で損傷するモデルで78%程度、大腿骨の近い部位で損傷するモデルで59%程度まで回復していることがわかりました。
  一見、正常の靭帯と比較して弱いように感じる数値かもしれませんが、これらの数値は、現在一般的に行われている手術治療の元となっている動物を使用した実験の結果と比較しても遜色のないレベルまで回復していると言えます。

研究成果の意義
  同研究グループはこれまでに、実験動物を対象とした前十字靭帯損傷モデルにおいて、一定の関節運動条件下では,完全損傷した前十字靭帯が自己治癒することを報告してきました。今回の研究では、同様のモデルを用いて、この治癒反応が損傷する部位によって異なった反応を示すのかについて検証を行い、結果として、前十字靭帯損傷の約90%にあたる大腿骨側と中央部損傷のどちらにおいても,自己治癒することを明らかにしました。
  本研究の結果は、まだ実験動物を対象とした成果ではありますが、多くの前十字靭帯損傷患者さんに対して、自己治癒を期待する保存的治療法が新たな選択肢として加わる可能性を示唆しています。
 

問い合わせ先
公立大学法人 埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科
金村尚彦(カネムラ ナオヒコ)
TEL:048-973-4312 FAX:048-973-4312
E-mail: kanemura-naohiko(ここに@を入れてください)spu.ac.jp

発表論文へのアクセス
"Influence of the site of injury on the spontaneous healing response in a rat model of total rupture of the anterior cruciate ligament."
Takuma Kano, Takanori Kokubun, Kenji Murata, Yuichiro Oka, Kaichi Ozone, Kohei Arakawa, Yuri Morishita, Kiyomi Takayanagi & Naohiko Kanemura (2021): Connective Tissue Research,
DOI: 10.1080/03008207.2021.1889529