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本学大学院の荒川航平さんらの論文が、Osteoarthritis and Cartilage誌(インパクトファクター:6.576)のオンライン速報版に掲載されました。

博士後期課程

2021/12/21

変形性膝関節症において、メカニカルストレスの違いは軟骨変性と軟骨下骨変化に異なる影響を及ぼす


  埼玉県立大学大学院博士後期課程大学院生荒川航平さんと、同学の金村尚彦研究科長、国分貴徳准教授(責任著者)のグループは、関節軟骨の変性を特徴とする変形性膝関節症(膝Osteoarthritis;膝OA)※1の発症メカニズムに関して、剪断力の増加と圧迫力の増加は、関節面における異なる部位の変性を助長し、異なるメカニズムで変形性膝関節症を発症させる可能性があることを明らかしました。研究グループは、マウスを対象として、膝前十字靭帯(Anterior Cruciate Ligament;ACL) 損傷モデル、および半月板機能不全モデルそれぞれの膝OA発症経過と、これらのモデルに関節不安定性を抑制する関節制動介入を追加したモデル※2の膝OA発症経過を、関節軟骨表層と軟骨下骨の変性から比較しました。このうち、関節不安定性が増加するモデルでは、関節表層に軟骨変性に至る兆候を認めました。一方で軟骨下骨では、剪断力増加は骨吸収を促進し、圧迫力増加は骨形成を促進するという結果を示し、膝関節への剪断力と圧迫力の増大は軟骨下骨の変化に異なる影響を及ぼす可能性があることが示されました。この研究結果により、メカニカルストレス※3の種類によって膝OA発症メカニズムが異なる可能性が示され、膝OAの発症・進行予防を目的としたリハビリテーション介入戦略の確立に寄与することが期待されます。

この研究成果は、2021年12月12日に、Osteoarthritis and Cartilage誌(インパクトファクター:6.576)のオンライン速報版に掲載されました。

ポイント


 (1)膝OA発症メカニズムを解明するため、ACLを切断するACL切断(ACL transection;ACL-T)モデル、内側半月板の機能不全を惹起する内側半月板不安定性(Destabilized medial meniscus;DMM)モデルに加え、これらのモデルの関節不安定性を抑制する関節制動モデルを組み合わせ、これらのモデル間の比較から、関節軟骨変性と軟骨下骨変化の発症の違いを比較しました。



 (2)関節不安定性が惹起される2つのモデルでは関節軟骨表層の軟骨細胞肥大化が生じ、関節不安定性を抑制した関節制動モデルでは軟骨細胞の肥大化が抑制されることが明らかになりました。



 (3)軟骨下骨の変化は、関節不安定性の増減に関わらず、剪断力が増加するモデルと圧迫力が増加するモデル間で異なる特徴を示すことが明らかとなりました。



研究の背景


  膝OAは関節の変形、炎症を主症状として、荷重時や歩行時の痛み、関節機能障害を招く疾患で,国内における罹患者は2500万人以上ともされる一般的な運動器疾患です。多くの患者さんが明確な誘因がなく発症するため、その発症メカニズムの詳細は明らかになっていません。これまでの報告では、膝関節表層の関節軟骨変性に起因するケースと、関節軟骨の深層に位置する軟骨下骨の変化に起因するケースの2つの発症パターンが報告されてきました。 実際の膝OA患者さんが示す歩行の代表的特徴として、歩行時に膝関節が外側に動揺する外側スラスト歩行※4や、膝関節の伸展制限が生じた状態での屈曲歩行※5などがあります(図1)。これらの特徴的な歩行は、それぞれ異なるメカニカルストレスを増大させる可能性が考えられます。具体的に、外側スラストによる関節動揺(関節不安定性)は“剪断力の増大”を引き起こし、屈曲歩行による膝関節接触面積の狭小化は“圧迫力の増大”を引き起こすことが考えられます。本研究では、小動物モデルを用いて剪断力と圧迫力の増減を再現し、異なるメカニカルストレスの増減が膝関節軟骨と軟骨下骨に与える影響の違いを比較検証しました。



図1 膝OAに特徴的な歩行とメカニカルストレス

外側スラスト歩行・屈曲歩行は膝OAに特徴的な歩行です。スラストによる関節動揺、屈曲歩行による接触面積の狭小化は、膝関節に対して異常なメカニカルストレスを引き起こし、膝OA発症・進行に関与します。


研究内容

12週齢のSlc: ICRマウスを対象とし、ACLを切断するACL-Tモデル、内側半月板の機能不全を惹起するDMMモデル、これらのモデルの関節不安定性を抑制するControlled abnormal tibial translation (CATT)群、Controlled abnormal tibial rotation (CATR)群の4群に分類しました(図2)。これらのモデルでは、剪断力と圧迫力の増減から、膝関節に負荷されるメカニカルストレスが異なるモデルとなっています。モデル作製後4・6週間後に膝関節を採取し、関節軟骨の変性、軟骨細胞の肥大化、軟骨下骨領域における骨リモデリング※6の変化を組織学的解析により調査しました。さらに、関節軟骨の深層に位置する軟骨下骨の構造変化についてμCT を用いて調査しました。




図2 関節不安定性が異なる4つの動物モデル

これまで一般的に用いられてきたACL-Tモデル、DMMモデルと関節制動モデルを組み合わせることで剪断力と圧迫力の異なる4つのモデルを作製しました。






図3 関節軟骨変性の比較

関節軟骨変性の重症度は各群間で有意差はみられませんでした。しかし、初期の関節軟骨変性の特徴である軟骨細胞の肥大化は関節不安定性を有するACL-T・DMM群で有意に増大し、関節不安定性を抑制した関節制動群では軟骨細胞肥大化が抑制されていた。


 


図4 軟骨下骨における骨体積比の変化

6週時点における骨体積比は、ACLを切断した群では骨体積比が減少し、半月板機能不全が生じる群では骨体積比が増大するという異なる特徴がみられました。



 結果として、関節軟骨変性の重症度に群間での有意差は見られませんでした(図3)。しかし、初期軟骨変性の特徴である軟骨細胞の肥大化は、剪断力増加に繋がる関節不安定性が増大するACL-T ・DMM群で有意に増大していました(図3)。この結果から,表層の関節軟骨変性には剪断力増加が強く影響し、これを軽減させる関節不安定性の抑制が、関節軟骨変性の発症・進行を予防することが示唆されました。

 一方、軟骨下骨の変化は、ACLを切断したACL-T・CATT群では破骨細胞の活性化による軟骨下骨の骨吸収が促進されることで骨体積比が減少し、半月板機能不全が生じるDMM・CATR群では軟骨下骨における骨形成が促進されることで骨体積比が増大しました(図4)。この軟骨下骨の変化の違いにはモデル間でのメカニカルストレスの違いが考えられます。ACLは前方剪断力に対する抵抗力の多くを担い、半月板の主な機能は膝関節への圧迫力の減少であります。従って、ACLの切断は剪断力の増大を招き、半月板の機能不全は圧迫力の増大を招くことが推察されます。以上のことから膝関節への剪断力の増大は軟骨下骨の骨吸収を引き起こし、圧迫力の増大は軟骨下骨の骨形成を引き起こす可能性があることが示唆されました。

  上記の研究結果から膝OA発症・進行メカニズムにおいて、関節不安定性(剪断力増加)は関節軟骨変性を引き起こすこと、軟骨下骨の変化に対しては剪断力増加と圧迫力増加で異なる影響を及ぼすことが明らかになりました。

国分貴徳准教授のコメント


 本研究では、これまでに患者さんの病態所見を基に報告されてきた関節変形の発症メカニズムを実験動物モデルにより再現し、発症メカニズムの解明に繋げることを目指し検討を行いました。今回の研究結果は、膝関節に生じる剪断力増加と圧迫力増加という異なるメカニカルストレスは、それぞれが異なる部位から変形性膝関節症の発症に繋がっていく可能性を示唆しています。これは、膝関節に生じる異常な関節運動を、増加させるメカニカルストレスで分類することで病態発生を予測できる可能性があることを示唆しています・同時に、病態によって発症及び進行を予防するために必要なリハビリテーション介入のポイントが異なる可能性を示唆しています。今後、それぞれの病態発生と特異的なメカニカルストレスの関連性を詳細に解明していくことで、より具体的に変形性膝関節症に対するリハビリテーション介入の指針を示すことにつながると考えています。

用語解説


  ※1変形性膝関節症(膝OA) 関節軟骨の変性を特徴とする関節疾患。疼痛や関節機能障害によって日常生活に支障をきたす疾患。

  ※2関節制動モデル 我々の研究室が確立した関節不安定性による異常な関節運動を抑制する動物モデル。

  ※3メカニカルストレス 生体内の細胞や組織が受ける機械的刺激のことを意味する。膝関節に対するメカニカルストレスとして剪断力、圧迫力、伸張力、静水圧がある。

  ※4外側スラスト歩行 歩行中に軸足となる下肢が外側方向に動揺する歩行であり、膝OA患者に特徴的な歩行である。

  ※5屈曲歩行 膝関節の伸展制限により膝関節屈曲位の状態での歩行である。膝関節を構成する大腿骨顆部は屈曲位では接触領域が狭くなり、膝関節への圧迫力が増大する。

  ※6骨リモデリング 破骨細胞が古くなった骨を破壊し、骨芽細胞がその欠損部に骨形成を行う現象のことを指す。


謝辞


  本研究は公益社団法人埼玉県理学療法士会 研究推進補助金(助成番号:20-06)および埼玉県立大学奨励研究費(助成番号:18006)の助成を受け実施されました。



論文情報


  題名 :The difference in joint instability affects the onset of cartilage degeneration or subchondral bone changes

  著者 :Kohei Arakawa, Kei Takahata, Saaya Enomoto, Yuichiro Oka, Kaichi Ozone, Sumika Nakagaki, Kenji Murata, Naohiko Kanemura, Takanori Kokubun

  DOI :10.1016/j.joca.2021.12.002

  URL :https://doi.org/10.1016/j.joca.2021.12.002

問い合わせ先


  埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科/保健医療福祉学部 理学療法学科 

  准教授 国分 貴徳

  E-mail:kokubun-takanori(ここに@を入れてください)spu.ac.jp