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埼玉県立大学20周年特別鼎談

20周年特別鼎談

   1999年4月の開学以来、本学は保健・医療・福祉の分野で多くの人材を輩出してきました。目前に迫った20周年を前に、本年4月に就任した田中滋理事長、前任の江利川毅氏と小川秀樹埼玉新聞社社長の3者で、本学の今までの歩みと今後の抱負について鼎談を行いました。

地域包括ケアシステム先進県へ


基本理念に基づき教育の充実を企図

小川:まずは、理事長職を無事全うされた感想をお聞かせください。
江利川:4年の間に様々な進展がありました。一つは大学院博士後期課程を創設できたこと。これによって、大学の教育と研究の両輪が実質的に揃うことになりました。
それを機に、大学の基本理念を定めることにしました。卒業生の多くは看護、リハビリ、社会福祉などの分野で働いていますが、その分野の仕事は、困っている様々な人たちに対してその人の身になって適切に接することができる豊かな人間性を持っていることが求められます。そのことを踏まえ、基本理念を「陶冶(とうや)、進取(しんしゅ)、創発(そうはつ)」と定め、これに基づいて、教育研究上の目的、教育目標、カリキュラムの見直しを行い、専門職連携教育の充実を企図しました。
また、研究開発センターを設置し、地域貢献型の研究を進めることにしました。その中身の充実がこれからの課題の一つです。
大学歌(校歌)も制定し、いわば枠組みをつくった4年間でした。これからはその「枠組み」に「魂」を入れる重要な時期になると、私は思っています。
本学は、学生もまじめでよく勉強しているし、先生方も教育熱心です。この校風は本学の誇りであり、末永く堅持してもらいたいと思います。
小川:江利川前理事長は、田中理事長とは昔からのお知り合いだそうですが、どのような間柄だったのでしょうか。
江利川:上田知事から理事長として最適の人を推薦してほしいと言われまして、埼玉県立大学のこれからを考え、私がベストと思う方を推挙させていただきました。
田中先生と仕事上のご縁があったのは厚生省の課長時代からなので、四半世紀以上のお付き合いです。理論派で厳しい側面もお持ちですが、お人柄が温かく、多くの卒業生、そして役所の人たちからも慕われています。
私は厚生省の審議官時代に介護保険法案を担当し、長い国会審議を経て成立にこぎつけました。法案成立後すぐ人事異動で総理官邸勤務になってしまったので、すれ違いではあるのですが、実施に向けての様々な詰めを、田中先生を中心とする検討会で行っていただきました。近年の介護保険の地域包括ケアシステムの考え方や内容は、田中先生の研究会での成果です。
埼玉県立大学は、保健医療福祉の分野の地域貢献型の研究を進めています。田中理事長には、教育の充実と合わせて研究の充実にもリーダーシップを発揮していただき、埼玉県立大学をより発展させていただきたいと思っています。
小川:田中理事長は江利川前理事長のご推薦や埼玉県立大学に対してどう思いましたか。
田中:私は、長年、慶應義塾大学で医療経済学や地域包括ケアの教育・研究などを行ってきました。お話をいただきはじめは驚きましたが、私の人生をかけた仕事である医療介護福祉分野の次世代リーダーを育てる大学の経営責任者としての職務も天命かと思い、お引き受けしました。さらに本学の基本理念と研究・教育内容に深い共感を得ましたので、その期待に応え、「保健・医療・福祉の分野における日本一の大学に」という使命に向けて邁進したいと思います。

連携と協働中心に実践的プログラム

小川:田中理事長は厚生労働省の研究会において、座長として地域包括ケアシステムの策定に携わってこられました。
田中:日本は約25年前から高齢社会になりました。年齢構造の変化に対応し、2000年4月からは、要介護と判定された方々に対して、介護保険というよく考えられた制度が機能しています。ただし85歳以上人口がすでに500万人を数え、2035年には1,000万人に達します。超高齢社会にあっては、心身機能が低下した人々に対し、介護保険制度だけでは尊厳ある自立生活を支えられません。医療・介護・保健・社会福祉分野の専門職協働はもちろん、くらしや住まいのサポートを含め、看取りにいたるまで、できる限り住み慣れた地域で、切れ目なく、包括的にサービスが提供される体制が不可欠です。制度間の連携も一層進めなくてはなりません。加えて、元気な高齢者あるいは弱りはじめたとはいえ、まだまだ自分で生活できる高齢者の虚弱化・要介護化を防ぎ、もしくは遅らせるためにも、社会参加や社会貢献を通じて人や地域と交流する居場所づくりが必要です。地域包括ケアシステムは、このような制度を超えた仕組も、目的の一つとなります。

小川:その中で埼玉県立大学の役割については、どうお考えですか。どのような教育プログラムで人材を育成しているのでしょうか。
田中:本学の役割は、保健、医療、福祉の分野における幅広い高度なニーズに対応できる資質の高い人材の育成です。さらに広い視野を持って指導的役割が果たせる人材の確保を図るとともに、それらの分野に関する教育・研究の中核となって地域社会に貢献することです。
人材育成においては、保健医療福祉分野の水準の向上に貢献するため、現場で必要とされる資質の高い、看護師、理学療法士、作業療法士、社会福祉士、精神保健福祉士、保育士、臨床検査技師、歯科衛生士、および健康行動を理解した卒業生などを輩出しています。社会の要請に応えて、知識技能の面のみならず、基本理念に基づいた人間性豊かな人材を育てていく教育の充実が、本学の第一の使命に他なりません。
最近の保健医療福祉の現場では、一人の患者(利用者)に対して、医師や看護師、各療法士など様々な専門職がチームで医療や介護、保健、社会福祉サービスを提供しています。現場ニーズに応えるためには、専門職として自らの職務を的確にこなせる力はもちろん、他の専門職種の機能を理解・尊重し、連携しながら協働することが必要です。その連携力を持ち、さらには地域における人々の生活実態を把握して仕事に臨める人材の育成を心がけています。目の前の利用者のためになることはもちろん、地域づくりに貢献できる専門職者の育成と言えるでしょう。
小川:埼玉県立大学の教育プログラムに専門職連携教育(IPE)がありますね。
田中:本学の学生は全員が「保健医療福祉科目」を履修します。この科目では、1年次に講義と実習を通じて保健医療福祉の専門職としての心構えを学びます。2年次には多職種連携の理論を学び、3年次には異なる複数の学科の学生とのグループワークでその理論への理解を深めます。そして4年次には病院や施設等に複数の学科の学生による「チーム」で再び実習に出かけることで、地域の保健医療福祉の場で、「連携」と「協働」を学びます。この科目は、全国でも珍しい、本学独自の特徴的・実践的なプログラムとして、保健医療福祉の現場の皆さんから非常に高い評価をいただいています。
平成24年からは埼玉医科大学、城西大学、日本工業大学とともに、4大学共同で専門職連携教育の講座を開講しています。また、県内の研究拠点として、これらの大学にとどまらず、埼玉大学をはじめとする他大学および県内シンクタンク、県庁や市役所等とも協力して研究を推進しています。その先に、埼玉県の地域包括ケアシステム、地域医療構想などの構築への貢献や近隣市町住民の健康活動支援があります。
小川:なるほど。埼玉県立大学は進路決定率、国家試験の合格率ともに非常に高い水準にあると聞いていますが、こうした特徴的なプログラムが背景にあるのでしょうか。
田中:はい、本学独自のプログラムと、教員によるきめ細やかな国家試験への指導が功を奏し、平成29年度卒業生の進路決定率は98.3%でした。また、国家試験合格率は、理学療法士、助産師、精神保健福祉士が100%を達成し、その他の専門職の合格率もほとんどが全国平均を大幅に上回っています。
本学の教育プログラムは非常に特徴的な分、教員だけでなく、学生たちの実習を受け入れてくださる病院や施設の職員の方々にも負担が大きいものです。本学の教育にご協力いただいている方々には、この場をお借りして心より感謝申し上げます。

高齢化をプラスに社会とつながりを

小川:江利川前理事長は、厚生労働事務次官をはじめ厚生労働省の中枢で活躍されてきました。今日の日本の高齢化についてはどうお考えですか。
江利川:高齢化は、多くの人が長寿を享受できるようになった結果で、そのことはプラスに評価してよいと思います。人生が長くなると、生涯にかかる経費も増えます。働く期間も長くして必要経費を自分で稼げるようにしないと、後輩世代にツケを回してしまいます。ボランティア活動なども含め、定年後も働けるような仕組みを作っていくことが必要です。社会とつながっていると健康も維持できます。
小川:周りを見ると、最近では、高齢者といっても元気な方が多いと感じます。健康寿命が延びているということでしょうか。
田中:高齢者が虚弱状態に陥る最初のきっかけは、定年退職等で社会的な関係性が乏しくなる過程であるとの研究が次々と報告されるようになりました。これは会社員や公務員、教員など、給与生活者だった人に多く見られる傾向だそうです。現役時代に職場以外の人との付き合いが乏しいと、退職後ひきこもりがちになり、意欲が減退してしまうからでしょう。対策としては、家族や友人などとの良好な関係づくりを基本としつつも、今まで培ってきた専門分野を生かしたり、地域活動に加わったり、子どもに遊びを教えたりといった、新たなコミュニティへの参加が鍵となります。自治体にとっては地域のニーズと資源を結びつける仕組みづくりが重要です。いわば社会としてのマネジメントが必要であり、虚弱化防止策を決して個人責任だけに狭めてはなりません。地域参加の手段としては、人材不足と言われる介護の現場でも、要介護高齢者の話を傾聴したり、広報や経理・給与計算業務などを手伝ったりといった、介護専門職でなくてもできる仕事はいろいろと考えられます。
江利川:できる人が困っている人を助ける、何かをしたいと思っている人と、してほしいと思っている人をつなぐ仕組みですね。退職していきなりボランティア活動に取り組むのは難しいので、退職前にそういう経験ができるような仕組みが作れたら良いなと思います。
高齢者のうち今後増える年齢層は85歳以上人口です。90歳、100歳に向けての生き方を、社会全体で、そして個々人も、考えていかなければなりません。

少子化解決は必須 国家戦略の主軸に

小川:高齢化とともに、少子化の問題もあります。その克服のためには、どのように取り組んだらよいでしょうか。
江利川:少子化は日本社会にとって極めて深刻な問題です。バブル崩壊以降、雇用・所得の不安が蔓延し、安定して家庭を築き、子どもを育てる経済力が不足している状態です。若者の雇用の確保、子育て支援、教育負担の軽減等に国家を挙げて取り組み、今の少子化の流れを反転させなければなりません。この問題には、国も自治体も、企業も、地域社会も、個々人も、真剣に向き合って、力を合わせていくことが必要です。共働きの家庭も多い中で、働き方改革によって家事を分担し子育てをともに行うこともできるようになってきました。子育ては負担ではなく、大人自身の成長の機会でもあるのです。
田中:高齢化と少子化は分けて考える必要があります。確かに地域包括ケアシステム論は、対象者数も多く、介護保険という財源がしっかり背景に存在する高齢社会対応から始まりました。しかし我が国は高齢社会対応の戦略策定段階をできるかぎり早く終え、後はそれを業務として的確に実行していくステージに移行すべきです。
その上で、国家戦略構築のメインターゲットを「少子化からの脱却」に向けなければこの社会の将来はありません。国家の存亡に関わる重大な問題ですが、当事者以外の問題意識は低い状態が続いています。地域包括ケアシステムは、決して虚弱な高齢者、介護が必要な高齢者だけを支える仕組みではなく、少子化対応や障害者支援についても地域における生活のプラットフォームとして活用できるのです。

学生にも全国視点 県内外へ価値発信

小川:最後に、今後の埼玉県立大学に期待することや抱負をお聞かせください。
江利川:埼玉県立大学は、大学であることと埼玉県立であることの二つの側面を持っています。大学としては、保健医療福祉分野の大学として日本一を目指していただきたいし、全国各地から学生が集い、この大学で学んだ成果を全国各地で発揮していただきたいと思います。今後高校卒業生が少なくなっていくので、全国視点で考えることを特に心掛けていただきたいと思っています。
一方で、埼玉県立ですから、地域貢献も大事です。人材の輩出もその一つですが、私は研究成果で地域貢献していただけたらよいと思っています。これからの超高齢時代の地域社会のあり方は、まだはっきり描けず手探り状態です。この大学の研究成果が、そういう面での指針を示せれば素晴らしいと思います。
田中:折しも、本学は来年20周年を迎えます。これまで多くの卒業生を医療機関、行政、民間企業、福祉施設などに送り出してきました。理事長就任以来、卒業生の活躍を聞く機会も多く、うれしいですし、誇りに思います。本学卒業生と教職員による様々な分野での活躍を通じて、埼玉県が日本一の地域包括ケアシステム先進県になるという夢の実現に向け、大学運営に精励してまいります。

左から 小川 秀樹 埼玉新聞社社長、田中 滋 理事長、江利川 毅 前理事長



鼎談の記事が平成30年6月8日の埼玉新聞に掲載されました。詳細はこちらをご覧ください。(pdf 3MB)